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コーヒー片手に、日々の何気ないことをつづった日記であります。


by the-sahara
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カテゴリ:好き!( 9 )

3年後の楽しみ

駅前の再開発のため、今月いっぱいで、ジュンク堂が閉店することになった。

明石のジュンク堂は、これまでに何度か移転をしている。
閉店するたびに、また戻ってきてくれることを願い、また開店しては、喜んで通う
ということを繰り返してきた。
本当に大好きで、大切な場所。

再開発が決まり、いつ閉店のお知らせが出るのだろうかと、この夏の間、ずっと
そればかり気にしていた。
だから、先月、大きなお知らせのポスターが貼り出されたときは、何度も何度も、
そこに書かれた文章を読んだ。
閉店のお知らせ、これまでのお礼、そして、3年後の出店を予定していること。

本当に?
また戻ってきてくれるのね。
寂しいのと、嬉しいのと、何とも複雑な気持ちだ。

どこにどんな本があるか。
売り場の案内図を見なくても、迷うことなく歩くことができる。
そんな本屋がなくなってしまうことが残念で仕方ない。
この間、久しぶりに神戸や三宮の本屋に行ってきたが、何だか疲れてしまった。
大きければいいものでもないのだな、と再確認した次第。
でも、三宮駅前のジュンク堂は歩いていても疲れなかったので、当分こちらにお世話に
なろうと考えている。

3年後。
何て長いんだろう。
でも、もちろん再開の日を、心待ちにしている。
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by the-sahara | 2013-09-21 18:46 | 好き!

ドラえも~ん!

心底、好きだと思う。

春休みや夏休みになると登場する、JRのドラえもんスタンプラリー。
今回も駅にポスターが貼ってあるのは知っていたが、特に近づいて見ることは
していなかった。

この間の土曜日に、神戸まで出かけることになり、何気なくスタンプラリーの
スタンプ用紙を見た瞬間に、参加することを決めた。
映画化されて30周年ということで、30個の駅に設置されたドラえもんスタンプの
絵柄に心を奪われたのだった。
憎いやつだぜ、ドラえもん……!

思わず、スタンプを集めるために、近畿2府4県を旅してみたくなる。
これを機に、滋賀県の長浜に初上陸してみようかと考える日々である。
ああ、楽しいなあ!
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by the-sahara | 2010-03-22 17:17 | 好き!

ノートの使い道

便箋や封筒に並んで好きな文房具のひとつ、それがノートである。
ロフトに行っても、必ずと言っていいほどのぞくのがノートの棚で、眺めているだけでも楽しい。
最近は、キャンパスノートでも薄くてスリムなものが出ているが、私は昔ながらの大きさで、しかも分厚いノートを好む。
分厚ければ分厚いほど、嬉しくなる。
その点は、本と同じである。
何を書いてもいい。自分で好きにできるページがたくさんあることに、喜びを覚えるらしい。

そんなわけで、ノートを見かけると手に取るのだが、それをレジに持っていくことはあまりない。
便箋ならば、「これで手紙を書くのだ!」と言い訳をすることができる。
しかし、ノートにはないのだ。なぜ買うのかと訊かれれば、ただ欲しいからだと答えるしかない。ページ数、デザイン、色。私をひきつける要素をもっているから、買うことは簡単にできるのだが、その使い道にいつも悩むのである。

だから、今は極力ノートを買わないようにしている。
それでも、昔買ったノートが、部屋を整理するとときどき出てくることがある。例えば、コムサで買った、紺色のハードカバーのリングノート。これは今でも、ビニールをかぶったままでしまいこまれている。
使えない原因、それはつまり、「もったいない」からだ。
ルーズリーフのように、あとからページを差し替えることができない。その不便さが好きなくせに、いざ使おうとすると、先のことまで考えてしまって使えなくなってしまうのだ。

レシピの記録。読書記録。ダイエット日記。等々。
わざわざ自分でノートを作らなくても、最近は書き込むだけのノートも増えている。
ノートを作れない私には、これ以上便利なものもない。
それにも関わらず、白紙のノート(罫線含む)にひかれるなんて矛盾してる。
思えば、自分で目的を決めて、ノートを使い切ったことがなかった。
みんな、ノートなんて使わないのかな。

書いてみようか。好きなノートの、記念すべき1ページ目に。
でも、何を?
そういえば、航海日誌にあこがれていた時期があったなあと思い出す。
そんな航海日誌みたいに、使い込まれて、ぼろぼろになったノートを持つのが、私の夢のひとつである。
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by the-sahara | 2006-11-01 23:54 | 好き!

ノスタルジア

卒業してから、もう5度目の春を迎えようとしている。

この時期になると、いろんな卒業ソング(?)を耳にすることが多い。
卒業というと、学校から巣立って行くというイメージが強いらしく、私の場合はいつも高校の卒業式を思い出す。

決して可愛いとはいえない制服。
冬になると、つま先の感覚が無くなるほど寒い、上履きのサンダル。
電卓を叩く音。
お気に入りだった、午後の紅茶。
放課後、4階の窓辺から見た、雲の切れ間から差し込むはしごのような日差し。

思い出す風景はいくらでもある。
当時は辛くて嫌だったアルバイト。自分のことは、自分で決められると思っていたこと。今なら、なんて子供だったんだろうと、思わず苦笑してしまうようなことで悩んだり、笑ったりしていた。
学校に行けば、友達に会える。
当然のように、自分のクラスがあって、席がある。
みんなで同じ制服を着て、同じ場所、同じ時を過ごす毎日が、そこにはあった。

卒業してから5年。
卒業式の歌を聞くたびに、ほんの少しノスタルジックな気分になる。
遠く離れた時間。そこで過ごした楽しかった時間と、もうそこには戻れないという寂しさが、胸の中でないまぜになっている。
郷愁を感じる日が来るなんて、少なくとも5年前には想像もしなかったのに。
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by the-sahara | 2006-02-06 17:48 | 好き!

Road to 温泉

祖母に連れられて、小さい頃から銭湯によく行っていた。
手足を伸ばしても、まだあまりある大きなお風呂が、とても好きだった。
阪神大震災のときに、ガスが止まってお風呂が使えなくなったときに、いつも祖母と行っていた銭湯に行ったのを最後に、少しずつ銭湯から足が遠のいていたのだが、最近はまた通いつつある。

きっかけは、いわゆるスーパー銭湯を、同居人が発見したことに始まる。
今年の1月。同居人が帰省した際に、実家の大きなお風呂に入ったことが始まりだった。今住まわせてもらっているアパートのお風呂はユニットバスで、手足を伸ばすことはおろか、肩までつかることもできない。
当時、私は卒業論文を書きながら、年末年始を過ごしていた。なぜか真上の部屋の水道が壊れて、ベランダから水が滴り落ちていた。大晦日の頃に降った雪のせいで、気温が低下しており、年を越したときには水が凍り付いていたらしく気がつかなかったのだ。その後、同居人が戻ってくるまで3,4日、水がポタポタいう音を聞いた。
同居人を迎えたときには、心身ともに疲れきっていた。
そこで、私にも手足を伸ばしてお風呂につからせてやりたいと思った、というのがのちの同居人の言葉である。

バスにゆられて、スーパー銭湯を訪れてから、はやいものでもう9ヶ月。毎月行くことはできずにいるが、ときどき訪れては、ゆっくりお風呂につかって疲れを癒している。
弱アルカリ天然温泉に入ることもできるので、上がってきたときには肌もすべすべで、とても気持ちいい。
この温泉につかるたび思う。いつか、いつか必ず、自分の力で温泉に行くぞ! と。毎年、どこかの温泉に行けるようになるぞ、と固く心に誓うのだ。その始まりが、この温泉だといいなと思う。
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by the-sahara | 2005-10-24 10:54 | 好き!

子供の世界

キャッチボールを中断して、少し休憩をすることにした。
座るのはベンチではなく、芝生のそば。何も敷かずに、そのまま腰をおろして座った。

座って、ふと気づく。
目線が低いことに。大地に近く、視界は広く、空が高くて大きいことに。
ああこれは、子供の頃の目の高さだ。こんなに大きな世界が、ここにあったのだ。
ほんの少し、大地に寄り添うだけで、再び子供に戻れるのだと気づいた。

秋が去る前に、今度は芝生の上に寝転んでみよう。
高い青空を、眺めながら。
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by the-sahara | 2005-10-19 19:30 | 好き!

星の中で眠る

去る9月24日、大学時代の友人と池袋で会ってきた。最後に会ったのが彼女の誕生日の頃だから、約5ヶ月ぶりの再会である。
池袋駅は人通りも多く、迷わないかと心配していたが無事会うことができた。自然と笑みがこぼれる。

この日はあいにくの雨。ただ、天気が悪そうなことは数日前から分かっていたので、大まかではあるが行き先は決めておいた。いつもは行き当たりばったりで、どんどん歩いては、適当なカフェで休むというパターンなので、行き先を決めて会うのは、初めてのことだった。出会ってから、もう4年半以上経つというのに。

さて、今回、私にはどうしても行きたいところがあった。それは、プラネタリウムだ。
私の出身地、子午線の町・明石には「明石市立天文科学館」があって、小さい頃から、何度も何度も訪れた。大熊座の北斗七星やオリオン座など、主な星座は、みんなこのプラネタリウムで教わった。星空の解説をしてくれる、とても分かりやすくておもしろい職員さんがとても好きだったことを覚えている。
星が好きなことは、今でも変わらない。冬になれば空を見上げるし、月が満ち欠けしていくのを見るのはとても好きなことだ。天文雑誌をめくる程度ではあるが、読んでいた頃もあった。
それでも、少しずつ大人になるにつれて、星の世界からは離れていった。忙しかったこともある。プログラムが、子供向きのものしかなかったという理由もある。でも、本当の理由は、目が悪くなったからだ。昔はメガネなんかなくても、星座を見つけることができた。今は、メガネをかけても大きな星しか見えない。いや、それさえも怪しいときがある。もうレンズ越しにしか、空を見ることはできないのだろうか。そう思うと、ほんの少し、空が遠くなったのを感じた。
そうして、最後に明石の天文科学館を訪れたのは、多分大学に入った年の夏休みで、それから2年間は、まったくプラネタリウム自体に行くことがなかった。

池袋に話を戻そう。
池袋には、サンシャインシティという、飲食店やショップ、水族館やプラネタリウムなどが入った大型複合施設である。てっぺんには展望室もある。
そこに行きたいと彼女を誘うと、快くOKをもらったので、とても楽しみにしていた。実は、ここのプラネタリウムに来るのは2年ぶりのことである。
見たい番組は2つあった。ひとつは、「天・地・水 月光浴」というプログラムで、もうひとつが、毎日19時から1回だけ上映されるヒーリング番組。このときは「星香る秋」というものだった。
どういう経緯をたどってそうなったのかは覚えてないのだが、なんと2本立てで見ることになった。映画ならともかく、プラネタリウム2本立てなんて初めてのことで、とても贅沢な気分になった。とにかく嬉しかった。
椅子のすわり心地が微妙な感じだったが、ところどころ使われるCG画像といい、心地良い音楽といい、何度も見ながら睡魔に襲われた。ヒーリング番組のほうは、上映する番組によって中で流される香りが違うのだが、今回は秋の花々をイメージしたという甘い香りと、耳に優しい音楽、ナレーションによって、眠りに誘われてしまった。寝ていたのは、ほんの少しの時間だけれども、とても気持ちが良かった。
面白いことに、番組が終わって、ドーム内が明るくなると、みんな寝て起きたような顔で歩いていた。気持ちは分かる。

すっかり癒されて、サンシャインシティを後にした。
最後にご飯を一緒に食べて、彼女と別れた。カフェに始まって、今回もよく話をしたなあ。社会人になって、もう半年。楽しいことばかりじゃない。でも、ちゃんと前を向いて歩いている、歩こうとしている彼女を見て、しっかり元気と力をもらうことができた。私も、負けてらんないなって! まずは試験に通らなくちゃ。ね。
本当に楽しい一日だった。
また会おうね! あ、思いがけない誕生日プレゼント、ありがとう。大事にします。本当に、ありがとう!
と、この場を借りて、お礼申し上げます。
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by the-sahara | 2005-09-29 03:23 | 好き!

今年は会いに参ります。

神社を訪れると、背筋を伸ばしたくなるのはなぜだろう。
いや、正確には自然と背筋が伸びるのはなぜなのだろう。
参道に立つだけで、静かな気持ち、穏やかな気持ちになるのはなぜだろう。

何か大きなものがあるのだろうな、と思う。
例えば、何十年、何百年にもわたる時の流れ。
そのとき、その時代に自分と同じように、その神社にお参りした人々がいる。もう、その人はいないのに、今もここにその願いや思いが残っているような気がする。その時代の空気を感じとれるような気さえして、それがあまりにも遥かで、頭を下げたいような気持ちになってくるのだ。

その遥かな時間の流れと比べると、自分の生きる時間はなんと短いことか。
いつまでも、止まっていることなどできない。いや、したくない。
そんな気分になってくる。脅迫でも義務でもなく、自然にそう思える。

神様は、きっとそばにいらっしゃるのだろう。
そばにいて、悩みや願いを聞いて、今背負っている荷物を受け取ってくださるのだろう。
だから、背筋がすっと伸びるのだと思う。
何か大きなものに触れたことで、背中の荷物が軽くなったことで、また顔を上げることができる。
前に進めるような気がしてくる。

この夏で、祖母が亡くなってから一年が経つ。
「死は穢れ」という神道の考え方は嫌いなのだが、この一年、神社に参ることはなかった。
今年の夏は、久しぶりにお参りしようと考えている。
祖母を亡くした悲しみを忘れるためではない。ちゃんと、それさえも受け入れて、前に進みたいと思うからだ。
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by the-sahara | 2005-07-16 19:58 | 好き!

冬になると思うこと

 私は、現在関東に住んでいるのだけれど、大学に進学するまでは兵庫県に住んでいた。関西といえば、新快速という恐ろしく速い快速が走っている。新幹線に匹敵するほどの速度で走っている区間も存在する。
 神戸から京都までは、新快速で約50分。京都は大阪のまだ向こうにあるというのに。だからなのか、京都は近い、という感覚がある。電車賃が高いから、そんなにたびたび行ける訳ではないのだが、行こうと思えばいつでも行けると、いつもどこかで思っている。
 
 京都といえば神社仏閣。そう言ってしまってもいいくらい、私はお寺や神社を巡る。遥か昔の時代と出合えるようで、なんだか不思議な気持ちがする。そして、とても静かな気持ちでたたずむことができる。そんな時間が心地よくて、安心で、何度も訪ねてしまうのだ。

 それくらい好きな京都だが、なぜか冬に訪れたことはなかった。なぜか、それは京都が盆地であるからである。つまり、寒い。生まれてからこれまで、片手で数えるほどしか行ったことはない。
 冬の京都。しかも、雪の積もった神社仏閣を見てみたいと、いつからか思うようになった。紅葉の季節も、桜の季節も華やかで、京都にはよく似合うのだけれど、雪の京都は静かで、とても厳かな感じがするんじゃないかと思っている。

 高校生のときに参加した、ボランティアの体験講座でできた友達がいる。名前から一字とって、「聖(ひじり)」と呼んでいる。その当時は大学生で、京都の大学で福祉の勉強をしていた。今はもう社会人として、働いている。 彼女に最後に会ったのは、進学する前だったから4年近く前になる。今でも、年賀状のやり取りをしている。

 聖と、冬の京都を歩く約束をしてから、もう5年以上経つ。いまだに、鞍馬寺などがある洛北地区には足を踏み入れていない。いつ叶うかは分からないけれど、今でもいつか歩ける日が来ることを楽しみにしている。
 冬になるといつも、この約束を思い出す。関西に帰ることが決まったら、一番に聖に手紙を書こうと思っている。
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by the-sahara | 2005-01-25 17:45 | 好き!