コーヒー片手に、日々の何気ないことをつづった日記であります。


by the-sahara
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下書きノート

手紙の下書きノートがある。
この間、ついにそのノートを使い切った。

パラパラと中をめくってみると、懐かしい手紙の数々。
書いては消し、書いては消したなあ、と苦笑い。
手書きの作家なら、机のまわりに紙の山ができてしまいそうなくらい。
中には、書きかけて出せなかった手紙もあった。
このノートを前に、自分と向き合ってきたのだなあ、と思う。

いよいよ2冊目のノートになる。
今年は、短い手紙も含めて、もっと書いていきたいものである。
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by the-sahara | 2014-05-04 18:36 |

すぐ側の上質

新たな便せんを求めて、文具店をはしごすることがある。
レターセットか、お揃いの便せんと封筒にするかは、そのときの気分次第。
長い手紙を書きたいと思うときは、後者を探して歩く。
だから、そのときも、便せんと封筒を探していた。

お気に入りに並ぶような便せん。
これが意外に難しくて、なかなか思うようなものが見つからない。
今回は罫線があるものがいいなと思っていたのだが、それがまたハードルを高くする。
何軒も覗いてみたけれど、これというものは見つからなかった。

この棚を最後にしようと、何の柄もない便せんの棚を覗く。
縦書き、横書きの違いはあるけど、素っ気ないほど白い便せん、また便せん。
字が綺麗ならなあ、と思いながら何気なく手にした便せん。
見ると、LIFEとある。
ああ、あの良い紙のやつかとパラパラとめくる。

触れた瞬間に、心は決まっていたのだろう。
主張しない罫線。やや小さめのサイズ。そして何より、滑らかな手触りの紙。
こんなところに? と思った。
お揃いの二重封筒も、最初は迷ったけれど、買い求めて良かったと思えるものだった。

少し背伸びした便せん。
次はもっと、綺麗な字を書けるようになっていたいなと思う。
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by the-sahara | 2009-05-18 20:33 |

お気に入り

ここ数年、手紙を書くときはいつも、同じ便せんを使っている。
ホルンの柄が可愛い「Hajime no Oto」。そして、くるくるとからまる蔦のような模様の「Oto no Ha」。
どちらもお気に入りの便せんである。

使い勝手のよさから、気づけばいつもこれを使ってしまう。
たまには気分を変えて、と探しに行くのだが、結局これに落ち着いてしまうこともしばしば。
なくならないで、という思いが通じたのか、今も手に入れることができる。これは嬉しい限りである。

また買いに行こうっと♪
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by the-sahara | 2009-05-18 20:10 |

四半世紀のお祝いに

鉛筆でも緊張するのだ。
真っ白なノートの、1ページ目、その1文字目を書こうとするときには。
ならば、ペンで書くときには、どれだけの緊張を要することか。
でも、どんな風に使うかによるが、ノートは基本的に自分だけのものである。学生時代のノートはともかく、大人になれば、そのノートを人に見せることなどほとんどないのではないだろうか。
だから、失敗しても、ちょっとのがっかりですんでしまう。
大事なノートは、なかなか使うことができないので、いまだに真っ白なページを保持していたりする。

では、真っ白な便箋を前にしたときはどうだろうか。
今度は、自分のためではなく、手紙を送る相手が存在する。
緊張は、ノートの比ではない。何度もペン先を下ろそうとしてはためらい、いつまでたっても、1文字目、一言目を書き出せないときがある。
でも、そんな便箋よりも苦手なものがある。
1つは、ハガキ。そして、もう1つは、カードである。
この2つに共通するもの、それは、書く分量が、あらかじめ決められていることである。便箋のように、書きたいだけ書くことはできない。
決められたスペースの中に、いかに短く、また書きたいことを書き込めるか。そんなことを考え出すと、本当に何度も何度もペンを下ろそうとしては戻すことになってしまう。

今年の誕生日も、友人からのメールが届いた。
平日だったこともあって、みんな仕事だったのだが、仕事が終わってから送ってくれる人もいて、それはとても嬉しいことだった。
今年は、奈良に住む友人から、奈良にちなんだプレゼントが届いた。奈良の四季をイメージした、使うにはもったいないくらいきれいな布巾で、ときどき取り出しては、来春こそ吉野に行きたいものだと考える。
そして、横浜に住む友人からは、空色のアルバムと、浴衣や着物の帯飾りが届いた。京都をイメージして、今年は「和」のものにしたよ、というメッセージ。深い金茶のアンティークな色と、大好きな雪の結晶のモチーフで、一目で好きになってしまった。
思いがけず、奈良と京都、2つの都が我が家にやってきたのだった。

プレゼントというのは、いくつになっても嬉しいものだが、最近何より嬉しいのが、「手紙」になってきた。学生の頃のように、会おうと思ったときに、気軽に会いに行けないからかもしれない。
2人の友人は、どちらもメッセージを同封してくれていた。
わくわくして読み始める。
「この世を去るときには、手紙に埋め尽くされて送られたいなあ」と思いながら。
横浜の友人は、光の加減で不思議な色に見える、青い封筒を同封してくれていた。
便箋かな、と思って何気なく取り出したそれは、2つに折りたたまれたカードだった。びっくりした。そして、嬉しかった。だから、私はほんの数秒、動くことができなかった。

読むのがもったいない。
でも、と意を決してカードを開く。そこには、カードいっぱいに、彼女の小さな字でメッセージがつづられていた。
そのたくさんの言葉を読みながら、私は何の文字も書かれていない、まだ真っ白なカードのことを思った。
この余白を、埋めてくれたのだ、きっといろんなことを考えながら。
それが、どれだけ嬉しいことか。

そのとき感じたことを、まさにメールを打つように、ハガキやカードや、小さな便箋に書いて送れるようになりたいと、近頃強く思う。
歌が詠めるなら、歌に託したいくらいだ。
短く、でも、伝えたいことはしっかりと伝わるような手紙を、書けるようになりたい。
まずは、カードやハガキをマスターすることからかな。

今年も、嬉しい誕生日を迎えることができた。
言葉では、本当は言い表せない。言い尽くせない。
それでも、「ありがとう。」
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by the-sahara | 2007-09-27 23:12 |

拝啓 秋晴の候

深夜というか、すでに明け方である。
ここ数日、昼夜が逆転してしまい、思うように用事がはかどらなかったのが原因で、今日も明け方になってしまった。何をしていたんだと言われそうだが、今日はちゃんと理由がある。その前日にも、一応理由はある。
「手紙」を書いていたのだ。前日は、その手紙の下書きで頭を悩ませていた。一日寝かせて、起きてきたら手紙をチェックして訂正。ようやく、書き始めることができた。
もっと早く書いていればと思うが、宿題をぎりぎりまで片付けてこなかった人間は、こういうところでもその性質を引きずってしまう。おかげで、一晩にして7通の手紙を書き上げるはめになってしまった。時間にして4,5時間。その間、ずっとペンを走らせていて、ようやく一息ついたところである。
親指には、小さなペンだこ。ずっと同じ姿勢でいたため、足が弱って歩くとがくがくする。

中学のときの担任の先生から、大学のゼミの教授まで。
ずっと内定のお知らせをしなければと思い続けて、ようやく重い腰をあげた。ちょっとあらたまった手紙なので、手紙の本をひっぱりだしてくる。
拝啓から始まって、敬具まで。
本と首っ引きになりながら、なんとか文章を考えた。自由に自分の気持ちを表現できたところもあるけれど、全体的に見ると、まだ手紙のルールに縛られていると感じた。季節のあいさつも、私は本の表現を借りている。先生からいただいた手紙を見ると、どんなところで季節の移り変わりを感じたか、自由に表現していらっしゃるというのに。
まだまだ、修行が必要と言うことか。そもそも、「拝啓」で始まる縦書きの手紙を書き始めたのも大学に入ってからで、まだ数えるほどしか書いていない。これから慣れればいいのかな、と気を持ち直す。
それにしても、やっぱり国語の先生に書く手紙は緊張する。添削されるわけじゃないのになあ。

ルールにのっとった手紙も、友達に出すフランクな手紙も、どちらも違った楽しさがあると近頃よく思う。前者の楽しさは、これから分かるようになると信じて、これからも書いていこうと思う。
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by the-sahara | 2006-10-16 04:37 |

手紙の時間

今晩は、手紙を書くための時間をもとうと思う。
ありがとうの手紙を一通、恋文を一通。計2通。

わざとメールは使わないようにして、近ごろは手紙を書こうと考えている。
秋の夜長の、ちょっと贅沢な過ごし方。
誰かを想うには、とてもいい季節のような気がする。
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by the-sahara | 2006-09-24 15:54 |

自分にも、1枚

郵便局に行くたびに、強く思うことがある。
それは、「記念切手のまとめ買いがしてみたい!!」ということである。

中央郵便局などに行くと、記念切手専用の窓口があったりする。ケースに収められた何種類もの切手を見ながら、欲しい切手の番号と枚数を書いて持っていくというものだ。
あれも、これも、と思うが、1,2種類の切手を数枚しか買ってこられないのがくやしい。
1シート買いたいとは言わないが、せめて10枚くらいずつ買えたらいいのに。しかも、何種類かの切手を、まとめて買ってみたい。
事務的な手紙以外では、なるべく記念切手を貼ってだしたいと常に考えている。しかし、あまりにも買う枚数が少ないため、取っておきたかった切手を使うことも、たまにある。
そんなわけで、私の手許には、ほとんど切手がない。

これと同じように、最近まとめ買いしてみたいと思うものに、ポストカードがある。
手紙といえば、便箋に長々と書き連ねるのが常だったのだが、近頃メールの代わりに短い手紙を送ってみたいと思うようになった。
ならば小さい便箋で、と考えた。しかし、余白の美に耐え切れない貧乏性の人間には、便箋に一言、二言書いただけで送るということに、まだ少し抵抗がある。
ならば、封を開ける楽しみこそなくなってしまうが、ポストカードでもいいんじゃないかと思い始めたのだ。
使うだけではなくて、見たり、飾ったり、持っているだけでも、楽しく価値のあるもの。この点は、記念切手もポストカードも変わらない。だから、自分のために1枚だけ余分に買える余裕を持ちたいなあと思った。

まとめ買い。
何年も思い続けて叶わない夢のひとつだ。
でもいつか、必ず。
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by the-sahara | 2006-09-17 19:21 |